僕も不精をしないで歩くとしようか

「僕は少し歩こうと思います」「元気だねえ。それじゃあ、僕も不精をしないで歩くとしようか。しかし君は本郷へ廻っては損でしょう」「いいえ。大した違いはありません」 又暫く詞が絶えた。大村が歩度を加減しているらしいので、純一はなるたけ大股に歩こうとしている。しかし純一は、大村が無理をして縮める歩度は整っているのに、自分の強いて伸べようとする歩度は乱れ勝になるように感ずるのである。そしてそれが歩度ばかりではない。只なんとなく大村という男の全体は平衡を保っているのに、自分は動揺しているように感ずるのである。 この動揺の性質を純一は分析して見ようとしている。ところが、それがひどくむずかしい。先頃大石に逢った時を顧みれば、彼を大きく思って、自分を小さく思ったに違いない。しかし彼が何物をか有しているとは思わない。自分も相応に因襲や前極めを破壊している積りでいたのに、大石に逢って見れば、彼の破壊は自分なんぞより周到であるらしい。自分も今|一洗濯《ひとせんたく》したら、あんな態度になられるだろうと思った。然《しか》るに今日拊石の演説を聞いているうちに、彼が何物をか有しているのが、髣髴《ほうふつ》として認められた様である。その何物かが気になる。自分の動揺は、その何物かに与えられた波動である。純一は突然こう云った。「一体新人というのは、どんな人を指して言うのでしょう」 大村は純一の顔をちょいと見た。そして目と口との周囲に微笑の影が閃《ひらめ》いた。「さっき拊石さんがイブセンを新しい人だと云ったから、そう云うのですね。拊石さんは妙な人ですよ。新人というのが嫌いで、わざわざ新しい人と云っているのです。僕がいつか新人と云うと、新人とは漢語で花娵《はなよめ》の事だと云って、僕を冷かしたのです」 話が横道へ逸《そ》れるのを、純一はじれったく思って、又出直して見た。

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