多少興味を持って読んだことがある

 純一は拊石の物などは、多少興味を持って読んだことがあるが、鴎村の物では、アンデルセンの飜訳《ほんやく》だけを見て、こんなつまらない作を、よくも暇潰《ひまつぶ》しに訳したものだと思ったきり、この人に対して何の興味をも持っていないから、会話に耳を傾けないで、独りで勝手な事を思っていた。 会話はいよいよ栄《さか》えて、笑声《わらいごえ》が雑《まじ》って来る。「厭味だと云われるのが気になると見えて、自分で厭味だと書いて、その書いたのを厭味だと云われているなんぞは、随分みじめだね」と、怜悧らしい男が云って、外の人と一しょになって笑ったのだけが、偶然純一の耳に止まった。 純一はそれが耳に止まったので、それまで独《ひとり》で思っていた事の端緒を失って、ふいとこう思った。自分の世間から受けた評に就いてかれこれ云えば、馬鹿にせられるか、厭味と思われるかに極《き》まっている。そんな事を敢《あえ》てする人はおめでたいかも知れない。厭味なのかも知れない。それとも実際|無頓着《むとんちゃく》に自己を客観《かくかん》しているのかも知れない。それを心理的に判断することは、性格を知らないでは出来ない筈だと思った。 瀬戸が座敷の奥の方から、「小泉君」と呼んだ。純一がその方を見ると、瀬戸はもう初めの所にはいない。隅の方に、子供の手習机を据えて、その上に書類を散らかしている男と、火鉢を隔てて、向き合っているのである。 席を起ってそこへ行って見れば、机の上には一円札やら小さい銀貨やらが、書類の側に置いてある。純一はそこで七十銭の会費を払った。「席料と弁当代だよ」瀬戸は純一にこう云って聞せながら、机を構えている男に、「今日は菓子は出ないのかい」と云った。 まだ返辞をしないうちに、例の赭顔の女中が大きい盆に一人前《ひとりまえ》ずつに包んだ餅菓子を山盛にして持って来て銘々に配り始めた。

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