天長節の日の午前

[#5字下げ]六[#「六」は中見出し]

 天長節の日の午前はこんな風で立ってしまった。婆あさんの運んで来た昼食《ひるしょく》を食べた。そこへぶらりと瀬戸|速人《はやと》が来た。 婆あさんが倅の長次郎に白《しら》げさせて持《も》て来た、小さい木札に、純一が名を書いて、門の柱に掛けさせて置いたので、瀬戸はすぐに尋ね当てて這入って来たのである。日当りの好《い》い小部屋で、向き合って据わって見ると、瀬戸の顔は大分故郷にいた時とは違っている。谷中の坂の下で逢ったときには、向うから声を掛けたのと顔の形よりは顔の表情を見たのとで、さ程には思わなかったが、瀬戸の昔油ぎっていた顔が、今は干からびて、目尻や口の周囲《まわり》に、何か言うと皺《しわ》が出来る。家主《いえぬし》の婆あさんなんぞは婆あさんでも最少《もすこ》し艶々《つやつや》しているように思われるのである。瀬戸はこう云った。「ひどくしゃれた内を見附けたもんだなあ」「そうかねえ」「そうかねえもないもんだ。一体君は人に無邪気な青年だと云われる癖に、食えない人だよ。田舎から飛び出して来て、大抵の人間ならまごついているんだが、誰《だれ》の所をでも一人で訪問する。家を一人で探して借りる。まるで百年も東京にいる人のようじゃないか」「君、東京は百年前にはなかったよ」「それだ。君のそう云う方面は馬鹿な奴には分からないのだ。君はずるいよ」 瀬戸は頻りにずるいよを振り廻して、純一の知己を以て自ら任じているという風である。それからこんな事を言った。今日の午後は暇なので、純一がどこか行きたい処でもあるなら、一しょに行っても好《い》い。上野の展覧会へ行っても好い。浅草公園へ散歩に行っても好い。今一つは自分の折々行く青年|倶楽部《クラブ》のようなものがある。会員は多くは未来の文士というような連中で、それに美術家が二三人加わっている。極《ごく》真面目な会で、名家を頼んで話をして貰う事になっている。今日は拊石《ふせき》が来る。路花なんぞとは流派が違うが、なんにしろ大家の事だから、いつもより盛んだろうと思うというのである。

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