故郷の町はずれ

 こんな事を思っている内に、故郷の町はずれの、田圃《たんぼ》の中に、じめじめした処へ土を盛って、不恰好《ぶかっこう》に造ったペンキ塗の会堂が目に浮ぶ。聖公会と書いた、古びた木札の掛けてある、赤く塗った門を這入ると、瓦《かわら》で築き上げた花壇が二つある。その一つには百合《ゆり》が植えてある。今一つの方にはコスモスが植えてある。どちらも春から芽を出しながら、百合は秋の初、コスモスは秋の季《すえ》に覚束《おぼつか》なげな花が咲くまで、いじけたままに育つのである。中にもコスモスは、胡蘿蔔《にんじん》のような葉がちぢれて、瘠《や》せた幹がひょろひょろして立っているのである。 その奥の、搏風《はふ》だけゴチック賽《まがい》に造った、ペンキ塗のがらくた普請が会堂で、仏蘭西語を習いに行《ゆ》く、少数の青年の外には、いつまで立っても、この中へ這入って来る人はない。ベルタンさんは老いぼれた料理人兼小使を一人使って、がらんとした、稍《やや》大きい家に住んでいるのだから、どこも彼処《かしこ》も埃《ほこり》だらけで、白昼に鼠《ねずみ》が駈け廻っている。 ベルタンさんは長崎から買って来たという大きいデスクに、千八百五十何年などという年号の書いてある、クロオスの色の赤だか黒だか分からなくなった書物を、乱雑に積み上げて置いている。その側には食い掛けた腸詰や乾酪《かんらく》を載せた皿が、不精にも勝手へ下げずに、国から来た Figaro《フィガロ》 の反古《ほご》を被《かぶ》せて置いてある。虎斑《とらふ》の猫が一匹積み上げた書物の上に飛び上がって、そこで香箱を作って、腸詰の※[#「鈞のつくり」、第3水準1-14-75]《におい》を嗅《か》いでいる。 その向うに、茶褐色の長い髪を、白い広い額から、背後《うしろ》へ掻《か》き上げて、例のタラアルまがいの黒い服を着て、お祖父《じい》さん椅子に、誰《たれ》やらに貰ったという、北海道の狐の皮を掛けて、ベルタンさんが据わっている。夏も冬も同じ事である。冬は部屋の隅の鉄砲煖炉に松真木《まつまき》が燻《くすぶ》っているだけである。 或日稽古の時間より三十分ばかり早く行ったので、ベルタンさんといろいろな話をした。その時教師がお前は何になる積りかと問うたので、正直に Romancier《ロマンシェエ》 になると云った。ベルタンさんは二三度問い返して、妙な顔をして黙ってしまった。この人は小説家というものに就いては、これまで少しも考えて見た事がないので、何と云って好《い》いか分からなかったらしい。殆どわたくしは火星へ移住しますとでも云ったのと同じ位に呆れたらしい。 純一は読み掛けた雑誌も読まずにこんな回想に耽《ふけ》っていたが、ふと今朝婆あさんの起して置いてくれた火鉢の火が、真白い灰を被って小さくなってしまったのに気が附いて、慌てて炭をついで、頬を膨らせて頻《しき》りに吹き始めた。

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