婆あさんは柴折戸を開けた

「まあ、とにかく御覧なすって下さい」と云って、婆あさんは柴折戸を開けた。純一は国のお祖母《ば》あ様の腰が曲って耳の遠いのを思い出して、こんな巌乗《がんじょう》な年寄もあるものかと思いながら、一しょに這入って見た。婆あさんは建ててから十年になると云うが、住み荒したと云うような処は少しもない。この家に手入をして綺麗にするのを、婆あさんは為事にしていると云っているが、いかにもそうらしく思われる。一番|好《い》い部屋は四畳半で、飛石の曲り角に蹲《つくば》いの手水鉢《ちょうずばち》が据えてある。茶道口《ちゃどうぐち》のような西側の戸の外は、鏡のように拭き入れた廊下で、六畳の間に続けてある。それに勝手が附いている。 純一は、これまで、茶室というと陰気な、厭な感じが伴うように思っていた。国の家には、旧藩時代に殿様がお出《いで》になったという茶席がある。寒くなってからも蚊がいて、気の詰まるような処であった。それにこの家は茶掛かった拵《こしら》えでありながら、いかにも晴晴《はればれ》している。蹂口《にじりぐち》のような戸口が南向になっていて、東の窓の外は狭い庭を隔てて、直ぐに広い往来になっているからであろう。 話はいつ極まるともなく極まったという工合である。一巡《ひとまわり》して来て、蹂口に据えてある、大きい鞍馬石《くらまいし》の上に立ち留まって、純一が「午《ひる》から越して来ても好《い》いのですか」と云うと、蹲の傍《そば》の苔《こけ》にまじっている、小さい草を撮《つま》んで抜いていた婆あさんが、「宜しいどころじゃあございません、この通りいつでもお住まいになるように、毎日掃除をしていますから」と云った。 隣の植木屋との間は、低い竹垣になっていて、丁度純一の立っている向うの処に、花の散ってしまった萩《はぎ》がまん円《まる》に繁っている。その傍に二度咲のダアリアの赤に黄の雑《まじ》った花が十ばかり、高く首を擡《もた》げて咲いている。その花の上に青み掛かった日の光が一ぱいに差しているのを、純一が見るともなしに見ていると、萩の茂みを離れて、ダアリアの花の間へ、幅の広いクリイム色のリボンを掛けた束髪の娘の頭がひょいと出た。大きい目で純一をじいっと見ているので、純一もじいっと見ている。 婆あさんは純一の視線を辿《たど》って娘の首を見着けて、「おやおや」と云った。「お客さま」

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