君のような壮《さか》んな青年

「なんだ。君のような壮《さか》んな青年が六時半に朝飯を食って、午《ひる》が来たのに食べたくないということがあるものか。嘘《うそ》だろう」 語気が頗る鋭い。純一は一寸不意に出られてまごついたが、主人の顔を仰いでいる目は逸《そら》さなかった。純一の心の中《うち》では、こういう人の前で世間並の空辞儀《からじぎ》をしたのは悪かったと思う悔やら、その位な事をしたからと云って、行《い》きなり叱ってくれなくても好さそうなものだと思う不平やらが籠《こ》み合って、それでまごついたのである。「僕が悪うございました。食べたくないと云ったのは嘘です」「はははは。君は素直で好《い》い。ここの内の飯は旨《うま》くはないが、御馳走しよう。その代り一人で食うのだよ。僕はまだ朝飯から二時間立たないのだから」 誂《あつら》えた飯は直ぐに来た。純一が初《はじめ》に懲りて、遠慮なしに食うのを、大石は面白そうに見て、煙草を呑《の》んでいる。純一は食いながらこんな事を思うのである。大石という人は変っているだろうとは思ったが、随分勝手の違いようがひどい。さっきの客が帰った迹《あと》で、黙っていてくれれば、こっちから用事を言い出すのであった。飯を食わせる程なら、何の用事があって来たかと問うても好さそうなものだに黙っていられるから、言い出す機会がない。持って来た紹介状も、さっきから見れば、封が切らずにある。紹介状も見ず、用事も問わずに、知らない人に行きなり飯を食わせるというような事は、話にも聞いたことがない。ひどい勝手の違いようだと思っているのである。ところが、大石の考《かんがえ》は頗る単純である。純一が自分を崇拝している青年の一人《いちにん》だということは、顔の表情で知れている。田中が紹介状を書いたのを見ると、何処《どこ》から来たということも知れている。Y県出身の崇拝者。目前で大飯を食っている純一の attribute《アトリビュウト》 はこれで尽きている。多言を須《もち》いないと思っているのである。 飯が済んで、女中が膳を持って降りた。その時大石はついと立って、戸棚から羽織を出して着ながらこう云った。

— posted by id at 06:57 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.3966 sec.

http://apmobile.org.uk/