二人は藪下へ出た

「小説はめったに読まないよ」 二人は藪下へ出た。瀬戸が立ち留まった。「僕はここで失敬するが、道は分かるかね」「ここはさっき通った処だ」「それじゃあ、いずれその内」「左様《さよう》なら」 瀬戸は団子坂《だんござか》の方へ、純一は根津権現の方へ、ここで袂を分かった。

[#5字下げ]弐[#「弐」は中見出し]

 二階の八畳である。東に向いている、西洋風の硝子窓《ガラスまど》二つから、形紙を張った向側《むこうがわ》の壁まで一ぱいに日が差している。この袖浦館という下宿は、支那《しな》学生なんぞを目当にして建てたものらしい。この部屋は近頃まで印度《インド》学生が二人住まって、籐《とう》の長椅子の上にごろごろしていたのである。その時|廉《やす》い羅氈《らせん》の敷いてあった床に、今は畳が敷いてあるが、南の窓の下には記念の長椅子が置いてある。 テエブルの足を切ったような大机が、東側の二つの窓の間の処に、少し壁から離して無造作に据えてある。何故《なぜ》窓の前に置かないのだと、友達がこの部屋の主人に問うたら、窓掛を引けば日が這入らない、引かなければ目《ま》ぶしいと云った。窓掛の白木綿で、主人が濡手《ぬれて》を拭いたのを、女中が見て亭主に告口をしたことがある。亭主が苦情を言いに来た処が、もう洗濯《せんだく》をしても好《い》い頃だと、あべこべに叱って恐れ入らせたそうだ。この部屋の主人は大石狷太郎である。

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