墓地の横手

 ふいと墓地の横手を谷中《やなか》の方から降りる、田舎道のような坂の下に出た。灰色の雲のある処から、ない処へ日が廻《まわ》って、黄いろい、寂しい暖みのある光がさっと差して来た。坂を上って上野の一部を見ようか、それでは余り遅くなるかも知れないと、危ぶみながら佇立《ちょりゅう》している。 さっきから坂を降りて来るのが、純一が視野のはずれの方に映っていた、書生風の男がじき傍まで来たので、覚えず顔を見合せた。「小泉じゃあないか」 先方から声を掛けた。「瀬戸か。出し抜けに逢ったから、僕はびっくりした」「君より僕の方が余《よ》っ程《ぽど》驚かなくちゃあならないのだ。何時《いつ》出て来たい」「ゆうべ着いたのだ。やっぱり君は美術学校にいるのかね」「うむ。今学校から来たのだ。モデルが病気だと云って出て来ないから、駒込《こまごめ》の友達の処へでも行《い》こうと思って出掛けた処だ」「そんな自由な事が出来るのかね」「中学とは違うよ」 純一は一本参ったと思った。瀬戸|速人《はやと》とはY市の中学で同級にいたのである。「どこがどんな処だか、分からないから為方《しかた》がない」 純一は厭味気《いやみけ》なしに折れて出た。瀬戸も実は受持教授が展覧会事務所に往《い》っていないのを幸《さいわい》に、腹が痛いとか何とか云って、ごまかして学校を出て来たのだから、今度は自分の方で気の毒なような心持になった。そして理想主義の看板のような、純一の黒く澄んだ瞳《ひとみ》で、自分の顔の表情を見られるのが頗《すこぶ》る不愉快であった。 この時十七八の、不断着で買物にでも行《い》くというような、廂髪《ひさしがみ》の一寸|愛敬《あいきょう》のある娘が、袖が障るように二人の傍を通って、純一の顔を、気に入った心持を隠さずに現したような見方で見て行った。瀬戸はその娘の肉附の好《い》い体をじっと見て、慌てたように純一の顔に視線を移した。

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